狂戦士編 3rd クイエイタス (Quietus)
【戦士クエのネタバレあります】
しとしと……
雪の降るなかで、わたしの足取りは重かった。
雪は音を殺し、あたりは静まり返っていた。
無音の中、戦斧を振るい、雪を汚して進む。
不安と疑念にさいなまれながらも自らの下を訪れた事をアガペイ老人は賞賛した。
不安と疑念……
次なる試練の洞窟へ
道中の魔物たちは弱かった。斧を振り下ろせば肉が弾け、骨は砕けた。簡単に奪える、命。
突然胃の中の物が逆流してきて、わたしはその場で吐いた。胸とも胃袋とも言えない何かが締め付けられ、しばらくその場でえづき続けた。
戦意は失われフラフラと頼りない足取りは、それでもかがり火を目指す。
わずかでも。この重さを減じられるなら。
かがり火に、ゆっくりと黒い炎が大きくなる。
わたしの体は強く強張り、闇に包まれると意識は溶けてゆく。
耳をつんざく男の悲鳴
激昂するレギオン
怯えながら凶行を非難する部下ををものともせず、一刀のもとに切り捨てた彼は声を荒げた。
俺に逆らうなんざ100年早えって事を教えてやる
剣を振るい抗議の声をかき消すと、ゆっくりわたしに振り返った。
お前も俺と同じだ。相手が魔物だろうが人だろうが殺して殺して殺しまくることでしか自分の命を繋ぎとめられねえ。そうだろ
レギオンの言葉は脅しのはずが、なぜか哀願しているように見えてわたしは言葉に詰まる。
ここで死にたくなきゃ俺を殺せ
殺してみろ
行くぞアガペイィイ!
疾い!咄嗟に一撃をかわし斬り合う事数度。
重さに任せた斬撃を加え姿勢が崩れたところに、気合いとともにもう一度斧を叩き込む。
とらえた!あの重い手応えが来る。骨を内臓ごと叩き潰す斬撃を受けて、レギオンは倒れた
やっぱりそうだ……
てめえは……俺と同類……
一瞬、満足そうな笑みを残し、生き絶えた。
人殺し。
踊る宝石も、シールドオーガも。すべて、人だった。そして今、他人ではない者を、この手にかけた。繋がりを、破壊した。
心が漆黒に塗りつぶされて行く
最後のタガが外れたのだ。
ひきつるような笑いが喉の奥から絞り出される。
ひ、ひひひ、ひひひひひひひひっ……
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺
意識がかき消える寸前、あの老人の声が聞こえる
わたしは今、狂戦士に堕ちた
だがアガペイが願ったのは、このような結末ではない時間が戻る。どうか、次こそは…
気がつくと、火が灯る前のかがり火の前に立っていた。
嫌だ。もう一度あの感覚を与えられるのは、嫌だ。
わたしはその場を離れようとしたが、脚が思うように動かない。もつれて転んでるうちに、再びかがり火に黒い火が灯る……
再び斬り殺される仲間たち、立ちはだかる、恐れながらも憧れた男。そして……
斬り結ぶこともなく、その刃を受ける。
致命傷ではない。
だが
急に辺りに立ち込める獣の臭い。ゆっくりと目の前の男が変化してゆく。筋肉がさらに発達し、目が釣り上がり、食いしばった歯は牙のようにみえる。レギオンは、狂戦士と化した。
体に残されたありったけの力で逃げる。扉まであと少し、というところで意識は闇に飲み込まれた。
これで、よかったのだろうか。闇に老人の笑い声だけがこだまする。
ひっひっひっ……
危ないところでございましたな。あのままレギオンを殺していればあなたさまも同じく狂戦士に堕ちていたことでしょう
老人は言葉を続けるが、町に戻ってから、わたしの心は別の事に奪われていた。人、人、人。
ですがあなたさまはこれまでの試練での生き方とは決別し、人を殺さぬ決断をなさったのでございます。
その決断はあなたさまがこれからも戦士として生きて行くために大切なもの。
この品とともに 大事にしてくださいませ
そう言って動きやすく、丈夫な上下揃いの戦闘服を差し出してきた。
黒い炎に揺らぐあの世界はこの老人の過去。
レギオンに殺されかける事により、力がすべてだった考えが改まった。だが、その体験は一人の戦士を一夜にして老人へと変えてしまった。
アガペイは修行を積み、気鋭の戦士達が道を違えぬよう、試練を与えていたのだ。
暗がりを出る。陽の光が眼に突き刺さる。闇に長いこと留まりすぎたようだ。
試練を受けた戦士達の消息が途絶えた理由がわかった。それは5種族含めた……
に ん げ ん の ……
子供が駆け回り、笑う声が聞こえる
膝が笑い始めた。
いとなみ。生きるいとなみ。
動悸が、息が苦しい。
音もなく水晶に亀裂が走る
わたしの心をきつくしばりあげるもの
それはあの時、わたしの心で芽生えたものの本質。ゆっくりと頭をもたげ始めた
恐怖
狂戦士の秘密が知りたい子は寄っといで……
ヒヒ、ヒ、ヒ、ヒヒ、ヒ……