夏の思い出
あれは、今日みたいに、空が澄み渡った日の事でした。
その人は、旅の冒険者のようでした。
異国の酒場には慣れた様子で余所者に慣れない酒場の常連たちを一瞥してカウンターに座りました。
すると、何処からか、ミルクがなみなみ入ったコップが滑るように旅人の前に出されました。
そいつは奢りだ。町一番の荒くれ者がそう言いました。
こういう事には慣れているのか、旅人は荒くれ者をチラッと見ただけでマスターにメニューを出すように、と言ってあるようでした。
ほらよ、ホッカイドー名物だ。
ぷしゃー
ミルクにレモンが注がれます。
牛乳の成分が凝固し、沈殿する。
プルプル……プルプル……
旅人の体が小刻みに震えて見えます……
レモ……
勝ち誇ったように荒くれが去ろうとすると、何処から現れたのか、サングラスの女性が荒くれの行く手を遮りました。
貴方、あの子の中の"レモン"を目覚めさせてしまったようね……
なにそのデーモンみたいな言い方!その言葉に呼応するように旅人の様子がおかしくなります。
レモレモレモレモレモレモッー!!
~~~~ッ!!
近くにからかいに来ていたチンピラをとんでもない速さで酒場の外へ殴り飛ばした旅人はその勢いで荒くれにかかって行きます。
ほぅ、パンチのラッシュか。中々のスピードとパワーだ。だがそれだけだな。
いいや、違う!
レモレモレモレモレモレモッー!!
なにっ!ウグァッー!目がッ!目がァーッ!!
あの子の拳を見て!
あっレモンが挟まっている。
そう。そして全ての突きに応じてレモンの汁が飛び出して来る!
つまりッ!あのラッシュの拳一つ一つがレモネードスプラッシュと同等の威力!
いわばレモンの小宇宙!レモネードのトルネードなのよ!
ダセェーーーッ!このタイミングで韻を踏んじゃうのはなんか気恥ずかしいってレベルじゃねー!
レモレモレモレモレモレモレモレモレモレモレモレモレモレモレモレモレモレモッー!
ウバッシャァーーーーッ!
荒くれ者をぶっ飛ばした旅人はそのまま頭を抱えながら去ってしまいました。
あれが、あの娘の、宿命!
サングラスの女性が意味深に呟いて後を追って行きました。
僕はただ、その後ろ姿を見つめていました。
その後しばらく、僕の町で荒くれ者はなりを潜めていました。
あれはなんだったんだろうか。
時々思い出しては、なんだかすっぱい気持ちに、なるのでした。
END