功夫編 最終話 英雄故事(劇終)
(この記事にはネタバレと独自の解釈があります。)
手紙が届いた。
場所はランガーオ山地にあるロンダの氷穴で待つ、というもの。
ランガーオか。オグリード大陸を走っていると、不眠不休マラソンを思い出す。継承は出来レースとはいえ、わたしについた力は本物だ。だからこそ、全ての白黒をはっきりさせないと、気持ちが悪い。
待っていたのは、ガウラド。
その正体は魔界から超天道士を倒すために送り出されて来た、刺客。
遂に名前を継承したヤーンに超天道士として決闘を求めるのだった。
ところがヤーンの方は、
そうだな、コイツに勝てたらお前の相手をしてやってもいいぜ。
そう言って変わらず挑戦をいなす。
確かにこんな形で決着はつけたくはなかったのだろう。だがわたしに回せばいいってもんでもないんじゃないか?
成り行き上闘わなくてはならなくなったからには手も抜けない。なんとも言えない歯がゆさを噛み締め、ガウラドと決闘をする。
どう、と巨体が倒れる。それでも、武人の情けと勝負を嘆願するガウラドをヤーンは一撃で倒した。敗北した魔族はその存在を維持することは許されない。崩れ、消えて行くなか、ガウラドは最後の言葉を残した。
使命に縛られながらも、あなたとの時間は、楽しかった。
ガウラド、悲しい男。でも最後に大切な言葉、言えたんだ。良かったな。
あんたと確かめたいことがあるんだ。
そう言うとヤーンはコロシアムで待つと去ってしまった。
言葉はなく…か。
この男もまた悲しいな。
あんたはわたしとではなくガウラドと拳を交えるべきだったッ!
名前を継がなくても超天道士を超える強さが欲しかった!
互いに向き合った瞬間、思いの丈をぶつける。だが、これ以上の言葉は不要だった。
しなやかな獣の動きで隙なく迫るヤーン。
手元でグンと伸びるウェディらしい柔の拳、これが鞭のようにしなり、襲いかかってくる。皮膚という剥き出しの臓器に叩き込まれる激痛という名の刺激。これが鞭打というやつか!
心、技、体。確かに超天道士として申し分ないだろう。だが、いやだからこそわたしはあんたに物申さなくてはならない。
違うだろう、そんなんじゃない。あんたも、ガウラドも、そんなもののために武術をやってたんじゃないだろ?
みんな格好つけて、本当に大事なことを言わない。こんなの、全然良くない。
ヤーンの打ち込んでくる拳からは熱を感じられない。冷静、といえば聞こえがいいが、わたしにはただただ冷淡に、熱の籠らぬ闘いに哀しさを感じていた。
わたしは泣いていた。泣けない馬鹿二人の分まで。超天道士、その名が邪魔して、大切な事を言えなかった二人の分。
この、たわけがぁっ!
武道とは、よく自己抑制と対になって教えられる。だが、その結果、道に迷ってしまった男が二人。自己抑制じゃない。柔軟に自己表現することが必要なんだ!
其ノ壱、相手の呼吸を知覚り
ヤーンの呼吸に合わせれば、技の威力を殺せる。
其ノ弐、闘う者の覚悟を識り
浅くなる呼吸を整える。深い息でのみ、力が溜まる。
其ノ参、自らを常に鍛え
呼吸を、気を、血流が全身に運ぶのを感じ
其ノ死、自らの意志に従え
誰かの意志じゃなく、自分の意志、湧き上がる感情!それを齟齬なく摩擦なく表現する!
今のわたしにはそれを表現できる功夫があるッ!
決めるのは四発目。
爆裂拳を繰り出すのと同じ要領で拳をいなす。
繰り出される四発目の腕を絡めとり、体を駆け上がり、渾身の膝蹴りを繰り出す。変則閃光魔術…!
更によろめいたところを地面を踏みしめてソバット気味の蹴りを放つ!
「韋ーッ、呀ッッ!
こめかみを的確に捉えた蹴りは勢いを殺さず、ヤーンをぶっ飛ばした。
バァァァン!!
ぶっ飛んだヤーンはそのまま大銅鑼に叩きつけられ、それが試合終了の合図となった。
倒れたヤーンのところへ向かうと、ヤーンは天に向かって独りごちた。
俺は、超天道士という存在が、名前に囚われない誰かに倒される事を望んでいたんだ。
でも、本当に俺が望んでいたのはそんなことじゃなかったんだな。
あの人がいなくなる前にもっと……
そうかい。
これでヤーンの迷いが晴れたならそれで良し、かな。
「……師匠ォーーーーー!
泣けなかった男がやっと流した涙。これできっとこの男はもっともっと強くなる。
全てのカタがついた。
別れしな、ヤーンは武闘家の証をくれた。
いつかヤーンと再戦することもあるだろう。
それはそれで今とは別の、おはなし。
さぁーて、次はなにをしようか!
このめちゃくちゃ広い世界には、まだまだたくさんの事がわたしを待っている。
功夫編 ー劇終ー