悦びに咲く魔女 verse5 永遠という場所【魔法使いクエ】
――それは夏。今日みたいにたくさん雷が落ちる大雨の日。
わたしは先生の家でいい香りのお茶を飲んでいました。
魔女がひとところに集まる日があってね。
先生はわたしを人前に連れていく事が多かったと記憶しています。
わたしは人前に出るのは嫌いでした。大人の、そして大人を通した子供の視線も大嫌いでした。
生まれたときに決まってしまった運命と、それを憐れむまなざしが、嫌いでした。
先生はそんな中での立ち振る舞いを教えていきました。同じ土地に二人と住むことはできない魔女。
そんな魔女が一堂に会する、集会。
いつか、わたしがそこへ来ることになった時、恥をかかないでいいようにと。
地母神の供物になる運命を背負って生まれたわたしに、大人になる未来を見せたひどい人。
無事供物としての生を全うしたものの、なんの因果か「エテーネのまにえら」と融合し生き返ってしまいバツの悪さというか供物が息を吹き返すとか禍以外の何物でもないので見つかる前に故郷を離れ、魔法を学んでいる今を、もしかしたら覗いていたのかもしれません。
いつか大人になって、素敵な魔女になったら……
魔女集会で、逢いましょう。
宿に泊まる。今回の逢瀬が、多分最後になるだろうという漠然とした感覚がわたしの中にはありました。
開口一番、リュナンは助けを求めてきました。
オーグリード大陸の雪原の廃墟というところに宿敵メギドロームはいるらしい。
雑魚のつゆ払いを、と頼まれたのでした。
しんしんと雪が降る中洞窟へ向かう。思えば春の野原だったり、灼熱の日差しだったり、朽ちた森であったり。この世界のいろいろな表情を一連の出来後のの中で見てきた。これもまた、数奇なめぐりあわせ。
洞窟の中にいたのはリュナンと、ネコ。
すでに強敵の手により倒されてしまっている。急ぎ加勢しなくては。
顎羽ヒゲ悪魔がメギドロームか。魔術の秘儀を得た自分に恐れるものはない、とうそぶいている。
醜い。
力を持つものは、強く優しく品がよく。先生は常にそうあった。だから彼女を流れる魔力はよどみなく、豊かで温かみすら感じた。
この男はどうだ。おごり、見下し品がない。
魔力は淀みきっている。秘儀を得たわたしは奴と同等の量の魔力を放出できる。
量は同じ、ならば勝敗を決めるのは、純度。
先生ほどではないけれど、それなりに澄んだ魔力の奔流。
特に残す言葉もなく、品のない魔法使いは灰になった。
怒りが覚めるのを待っていると、不意に気配がした。振り返ってみると、猫がリュナンにとどめを刺すところであった。
この期に及んで!怒りで髪が逆立つ。この魔物もすぐに灰にしてやる!
と、猫が喋りだした。
その声は、リュナンのものだった。
そう。この猫、こそが、リュナンの正体だった。
そっか。そうだったんだ。
私の理想の魔法使い
リュナンはわたしのことをそう称した。
そして魔物である自分を、それでも友達と思ってくれますか?
すがるような眼でリュナンは問うてきた。
いや、問おうとして、やめた。
そしていつかわたしに誇れる自分になれたらまた会いましょうと残して、去ってしまった。
いや、友人ぐらいいいだろ別に気にするなよ
というかここまでしたんだから、させたんだから、わたしのほうはもうとっくに友達のつもりでいたのに。友達以上を、求めてしまっていたのに。
もっと話すことが出来たら、結末は変わっていたのでしょうか。
もっと打ち解けることができていたら。
入れ込んだ、喜びの、夢中になった痺れの分だけ、同じ量の毒が、息を詰まらせる。
鏡の前での逢瀬の思い出に、後悔がしみこんでいく。こんな思い、先生に会えなくなってからは一生しないと思っていたのに。
先生……
今も戻ればいるのだろうか
消えた供物の疑いをかけられたのではないか
黙っていなくなったわたしを裏切り者だと思っていないだろうか。
リュナンのわたしに会えない気持ちは、わたしが先生に会えない気持ちと、似ているのかもしれない。
でもいつか。
彼女?も魔法の道を歩くものだ。だとしたら、きっと。
わたしは早合点、思い込み、おっちょこちょい、ミーハー、どんぶり勘定のセット装備効果で、まだまだ立派な魔女には程遠いけど。
「半歩ずれた位置でいいの。右でも左でも。前に進むしかない時のなかで、振れ幅があるっていうのはとても贅沢なことなんだから。」
先生はそう言った。
だから、いつか、わたしたちも。
ーー魔女集会で、逢いましょう。
悦びに咲く魔女 終