悦びに咲く魔女 verse4 呪文と頭は使いよう【魔法使いクエ】
拝啓、いつまでも敬愛する先生。
女王蜂はいつか旅立つもの。先生は折に触れそうおっしゃっていましたね。
同じ巣に女王蜂は複数で住むことはできない、と。
いつか来る別れを、先生は思っていたのだと思います。
わたしはそれが嫌で、考えないようにしていました。だって、先生ともっとこの世界を楽しみたかった。喜びを見つけたかった。
たくさんの写真があります。
一枚一枚。意味のわからない写真や、何を撮ったかわからないようなものまで。
でも、その一枚一枚を見ると、わたしと先生とで過ごした思い出が蘇ってきます。
他人にとって、取るに足らないものでも。
わたしたちにとってはかけがえのない
「二人の間でのみ通じ合える秘密の言葉」
これこそ、本当の魔法かもしれないわね。
先生はそうおどけてみせました。
わたしはその仕草から、いずれ来る「別れの時」を感じ取ってしまい……
……暑い。
学園のクラスは春級でも、真夏の太陽は容赦なく降り注ぐ。月並みだが、自然は万物に対し、平等だ。
鏡越しの出会い。そして突然の別れ。前回「向こう側」で何かあったのだけれど、顔も、居場所も知らないわたしにはなすすべはなく、焦りだけが残り、それも日々の忙しさに薄れてゆき、いつか幻と忘れてしまいました。
そんな折、また、あの噂が学園に広がり始めたのです。
例の宿屋で、また鏡が唸るようになった、と。
彼が、呼んでいるんだ。
居ても立っても居られなくなったわたしは、取るものもとりあえず宿屋へ向かいました。
リュナンとまた、つながった。
あの時の大立ち回りで割れてしまった鏡の破片から、彼は必死にわたしを呼んでいたのです。
メギドロームの手下に捕まっている
夢幻の森の奥。すてられたしろに。
それははるか、というほどに昔ではない時の名残。現カミハルムイ王が子供だった頃の栄華の名残。滅びた城は未だ一部にその思い出を抱いているのでした。
離れの大回りをして入る蔵、その奥にかすかに魔力を感じ、扉を開く。奥には魔方陣が浮かんでいました。聞き慣れた、懐かしい、優しい声が驚きを表明する。わたしが助けに来た事に。そして魔法の封印を解く方法を教えてくれたのです。
インキュバスをヒャドで倒すと生成されるトラマナ石であれば、この封印を打ち破れると。
それって尿道結……おっとやめておきましょう。想像を絶する痛みらしいですからね……
教えられた幻の森を四半日ばかりうろついていると、へんな獏みたいな奴がいる……
えっ、こいつが?
インキュバスってもっとこう……マニッシュっていうか、もっと言うとコテカ的な何かというか……いやいいんだけど。
問答無用でヒャドを食らわせる。足元に張った陣は魔力を強める。いよいよ魔女めいて来たな。わたしも。どこからとは言わないが、トラマナ石を引っこ抜いたら、その痛みに耐えかねて、インキュバスというか獏みたいなものは絶命した。その苦しむ様子を見ていたわたしは金属箔を噛み締めた時みたいな奥歯に嫌な感じを覚えた。アレは痛そうだ。
(アアッ!アッ!アーーーーッ!……絶命。)
石にまじないをかけ、封印を解く。
やっと出会える。わたしが焦がれた貴方。
白馬の王子の白馬の世話をする覚悟はわたしにはできているのよ!
しかし。
待ってください。
今のわたしでは、貴方に会えない……
閉じ込められててボロボロだし、自信がないんです。何度も鏡越しに聞いた声。優しく、涼やかな、少年のような……
(んお?なんでそっちが女の子みたいなこと言うねん?)
お礼は、また鏡越しに。どうか。
そういうと彼は転移魔法で去ってしまった。
まぁ、いなくなってしまったものは仕方がない。わたしも古城をあとにす
ーーー!
ここでわたしは気がついてしまった。
ひょっとして、リュナンは「女の子」なんじゃないか……!
そういえば一人称は私だし
声は大人の割に涼やかな声だし
ああっ……!
そう考えると今迄引っかかっていた事に納得がいく。全ての疑問が氷解していく、そしてわたしの顔が赤熱する。
まにえらさん、またやってしまいましたなぁ
その後、鏡越しに魔法の最奥の技術を教わった。
ミラクルゾーン、超集中世界、みたいな感じか。
それはわたしがあの魔女の姿になった時の感覚。
水の雫がみなもに王冠を作り、ハチドリが優雅に羽ばたく世界。極彩色の一瞬。
リュナンは、メギドなんとかと決着をつけるつもりらしい。
次に鏡で繋がった時、全ての事が終わりに向かうような、そんな予感がありましたが、わたしは何度目かになる早合点の上の失敗で頭が沸騰していたのでした。
(アアッ!アッ!アーーーーッ!……絶命。)