笑道 4幕 いける!きっといける!俺ならいける!だから・・・もう一度やらせてくれ!【旅芸人クエ】
いつしかアストルティアの狂犬と呼ばれるようになっていた。
噛み付いて、こき下ろし、大御所をシバく。
舞台の上では怖いものはなかった。
まにえらはん、あんたこんな芸、まだ続けるつもりでっか?このまま続けていれば、まにえらはんの心が……
舞台袖で出番を待つときは何度もえづいた。階段を昇る足は震え、歯はガチガチと音を立てる。
が、ライトを浴び、観客の視線が全身を貫けば、そんな恐怖を圧倒的な何かが塗りつぶしていくのだ。そしてわたしは特徴的なヒキ笑いをする。ヒヒヒヒヒッーーー!
こんなことをしても一時の笑いしか起きない。観客に空虚な笑いを与え、見る側の知性を破壊し馬鹿にする。昔ながらの機知に富んだユーモアで笑わなくなる。人の心が渇いていく。
君のしていることは、ひいては全ての人間の知を奪う唾棄すべき愚行だ。
どいつもこいつも、あのポルファンと同じ事を言う。笑いは豊かじゃなきゃいけない。山菜と同じ。必要な分を採り、山を枯らすほど資源を取るのはいけない。いずれ誰もいなくなってしまう。
……まったく。今笑えれば良いじゃないか。自分と向き合わず、束の間の笑いで忘れる。そうやって感覚を薄めて辛い時代に耐える。それで良いじゃないか。
しばらくして、この街の人間は、笑う事を忘れてしまった。泣ける話、と前置きが無ければ泣けず、張り付いたような愛想笑いを浮かべて、心の中でお互いを罵倒するような人間が、増えた。
そして、台本の笑いどころでサクラが笑い声をあげ、それを聞いて観客が乾いた笑いを起こす。
そんな味気のない舞台をいくつも踏むうちに、わたしは突然、"衝動"に駆られた。
今、台本にない事をして、客がビックリすればまたあの頃のあたたかい劇場が取り戻せるのではないか?
結果は、大失敗。
その後の「笑わせどころ」でも、もはやクスリとも空気は動かなくなった。
そして、わたしが舞台に呼ばれる事はなくなった。いや、そんな事は関係なく、わたしは舞台に立てなくなっていた。部屋で膝を抱えて、日が沈むのをただ待つ。そんな生活になっていた。
ここまで人間の心が枯れれば…あの小娘も…道化の男も……用済みだな…ブヒヒヒン……
芸人はもっと粗末に扱うべきなのだ…!
芸人は…旅芸人は……
丁寧に扱いすぎると澱み腐る……!
遠くで馬のいななきが聞こえた気がした。
なはは。来ちゃった見つけちゃったよお!
いよ!今や誰もが振り向く旅芸人!おめえさんの芸ならひびくかもしれねえなあ。
憔悴しきったわたしをあえておどけて迎える、師匠。…わたしは、間違ったんですね。
……オイラじゃゲイザーの心を救えなかったぜえ。
けどゲイザーが闇の笑いに落ちていくのを黙って見てはいられねえ…まにえら。おめえさんもだ。あいつに、あってきてくれなあ
教えられた兄弟子の居場所を訪れると、そこには既に何者かによって胸に風穴を開けられた無残な姿で倒れ臥すゲイザーの姿があった。
……へへ。誰かと思ったらまにえらか。会いたかったぜ、とーってもな……へへへ……
俺は芸の無力さに絶望し……
闇芸人ルルルリーチ様に尽くすと決めたのだ
白い肌、燃えるようなたてがみ……そして…闇に飲み込まれたのさ……
お前がこれから向き合うのは闇……
人の心の闇だ……
それでもお前は芸人を続けられるか……
……まにえら
……みせてくれ。
さい……ごに、お前……の芸を…
ま「流派東方不敗は!
ゲ「王者の風よ!
ま「全新!
ゲ「系裂!
まゲ「天破侠乱!
まゲ「見よ!東方は紅く燃えている!!
うおおおおーーーッ!!
(瀕死の男にここまでしますかーー!!)
いい、ボケだった……。
ひさしぶりに人間のころの笑いを思い出した…
はは…は。やはり面白いな……
はは……。そう……いえば
母の…死に顔は、おだやか…だった…
……ははっ…まいったな。
これが、芸は人を救うということか。師匠……。
オレがまち…がってたよ
あな…たは、たしかに……
ゲイザーは細かな光になって、消えた。
……ゲイザーはどうだった?
事の顛末を師匠に話す。
……そうか。芸を愛する心を取り戻したのだな。
最期に元の旅芸人に戻って旅立ったか……。
……なはは。いけねえなあオイラはよお。
涙なんか流しちまってよお……。
師匠はぽつぽつと昔の話を始めた。
駆け出しだった師匠は、師匠の師匠について各地をまわっていた。そこに随伴したのが、兄弟子ルルルリーチ。彼は魔物ながら卓越した才能を持ち、弛まぬ努力を続けていたが、ある日を境に旅芸人たちを陥れるようになる。闇の笑いを教え込んで……
まにえら。おめえさんの心がきまったらオイラのところに来てくれ。決着をつけよう……全てのことに。
(ゲイザー、もっと早く知り合えていたら……)