功夫編 其ノ弐 魚児在河里游泳(長めです)
「お~っ。来たな まにえら~。
にやけ顔の優男が嬉しそうに言う。
そうだ。わたしはまたこの男の前に立ってしまった。
「修行の続きがやりたいってカオしてるじゃね~か。
不本意だが、うなづく。この前の感覚、あれが本当かどうか、どうしても確かめたかった。
「強くなるチャンスは、逃しちゃいけね~。
そう言うと彼は
超天遊戯ー弐の書ーをわたしに手渡した。
…うーん、相変わらず頭の痛くなる文体だ。
ちっこいものたちが集う、天を突くでっかいお花?ちっこいの、はドワーフかプクリポだろう。
ドワチャッカにそんな大袈裟な建物はなかったと思う。ならば場所はプクランドか。
鉄道を降りた瞬間から、ふんわりの甘い匂いが漂ってくる。わたしはプクリポたちが暮らすオルフェアの街に降り立った。
お菓子に囲まれた華やかな町。情報が集まる酒場を探して裏通りを覗く。
急速に発展したからなのか表通りからは想像もつかない、良く言えば無骨、悪く言うと、ちょっと荒んだ街並みがそこにはあった。プクリポという種族の、愛らしい外見と、その愛らしさ故に生き抜くために必要とするだろうしたたかさをその町並みに表しているようで、興味深かった。
そんな事を考えながら歩いていると、
「あら、貴女…
不思議な雰囲気の女の子が声をかけて来た。
手に持つ水晶玉を覗き込み、わたしの顔をまじまじと見つめ。
「…いえ、なんでもないわ。いづれ、また会いましょう。
そういうとふいと目線を通りを行き交う人々へ投げたっきり此方へ意識を向けてくることはなかった。
酒場で聞くと、キラキラ大風車塔なるものがあるらしい。確かに鉄道の窓からも何か花のようなものがそびえ立って居た気がする。場所を聞いて、そちらへ向かう。
……全く、なんと緊張感の無い事だろうか。近隣の魔物の相手で疲れが出始めたわたしは、遠くからでもわかるニッコニコの笑顔にちょっと苛立ちを覚えていた。
塔の麓は出店で賑わっていた。わたしはさっさと超天道士の試練を終わらせたい一心でズンズン歩いて行くと、不意に目の前に棒に刺さった林檎が差し出された。にやけ顔の老人が、そこに居た。
「あの、急いでいるので
林檎を退けるわたしの行く手を遮るようにして無理矢理林檎を押し付けて来た。よく見ると、林檎の表面に飴が塗ってあるようだ。
「風車塔名物、林檎飴じゃ。泣く子もニッコニコのスグレモノよ。まぁまぁ、せっかくだし、ひとつこの爺やの昔話を聞いて行きなされ。
そう言うと、林檎飴のお爺ちゃんはキラキラ大風車塔の歴史を語り始めた。
メギストリスが建国されたとき、国を追い出されたパルカラス亡霊王達は自害し、亡霊として蘇りメギストリスに進軍しようとしていた。これを阻止するため、フォステイルは王家の儀式を編み出し、それを執り行うためこの塔が建設され、フォステイルは儀式を行った。その儀式の内容は陰惨なものであったためせめて外観だけでも楽しめるように陽気な外観として作られ観光地化した。
何千、何万のプクリポがこの大塔を作るために命を落としたのだろう。そして目的は達成され、願いは昇華された。
なんとも呑気なプクランドのランドマークは平和を願い戦い続けたプクリポたちの魂の証明でもあったのだ。
知らなかった。ただ呑気で可愛くて時々テキトーな、それだけの種族かと思っていたのに。
呑気に林檎飴を持っていた手は震え、頬を涙が伝っていった。悲しいわけじゃない。でも、その歴史の重さを、願いの強さを思ったら、不意に流れてしまったのだ。
「ほう、泣いてくださるか。優しいお嬢さんじゃ
なんつう話をしてくれるんだこのジジイは、顔を上げて睨みつけようとした。
…が、そこにその対象は居なかった。
超天遊戯が仄かに光を放ち始めた。試練は、これで終わり?
帰り際、振り返って仰ぎ見た風車は、わたしを来た時と全く違った気持ちにさせた。
「今回の試練も無事に終えたみたいだなぁ~
考え事をして居たわたしを呑気な声が現実に引き戻す。ムスッとして超天遊戯を返す。
「探しましたぞ、ヤーン様
オーガの男がこちらに声をかけて来た。
ヤーン様?声の主の気品のあるたたずまいが、只者では無いと感じさせる。
わたしを訝しがるオーガに自分のダチだと紹介するヤーン。何やらおかしな雰囲気。
「ご友人……ですか。そんなものを作るとは随分と、余裕がおありのようですね。
ピリつく空気を軽くいなし、ヤーンは例のもの?を催促した。
するとオーガは超天遊戯、参の書を取り出す。そうして、わたしには一瞥もくれずに去っていった。
オーガが去ったあと、彼の名前がガウラドという事、それと記念品のちからのゆびわを貰った。そして、参の書の試練の念押しも。
もう断るつもりはない。準備を整えて、挑んでやる。